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2006年8月25日 (金)

「わかりやすい」ということ

インタフェースがわかりやすいとか、わかりにくいとか。説明がわかるとかわからないとか。なにかと「わかりやすさ」が重要視されることが多い。

世の中がとんでもないいきおいで複雑化していて、いつのまにか身のまわりにはてんでわからない話しが満ち溢れている。まあそんな状況で、みんな「わかりやすい」に飢えている。で、簡単に見掛けの「わかりやすさ」に流れてしまう。単純なステレオタイプにはめられてしまってる。という心配はさておき。

え~~みんなそれで納得するの!?な状況で、その場の雰囲気がなんとなくそれで話しがまとまりそうというシーン。その雰囲気に水をさせないよね。で、後でそのツケがまわってくる。は、よくある話。

逆に、賛成!いや反対!といつまでたっても平行線で向かあう。といって、右側/左側それぞれの中でまとまっているかというとそうでもない。議論の争点がいつもどこかずれたまま。も、よくある話。

分かるとは分けること
ものごとが「分かる」ということは、思考対象の情報要素についてきちんと”同じ”と”違う”に「分け尽くされた」状態に辿り着くことである

う~ん明快!気持ちよい。分かるということは、簡単にだまされることではない。でもって「わかりやすい」というのは、誤解を招く短い言葉にまとめることではない。複雑な状況を、その複雑さをごまかすことなく整理して見せることなの。面倒なことなのよ。

で、この記事にある「分けるための3要素」...オブジェクト指向が唱える抽象化、カプセル化にかぶる。と、なんだかまとめがとってもわかりにくい文章になってもーたが、とにかく「わかりやすい」とはそーゆーことだ;;

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2006年8月19日 (土)

OOを再整理

ときどきは、基本に返って確かめてみよう。

システムにはデザインの基本的原則がある。その主要構成要素である、カプセル化、継承、ポリモーフィズムを描いてみる。3つの要素は互いに深く関連している。

Oo

トライアングルの中心に「抽象化」が見えてくる。抽象化するというのは、物事の本質を捉え、矛盾を解消し、問題を解決するための新しい構造を明らかにすること。オブジェクト指向とはこの単純な原則を貫くこと。

デザインの局面で特に留意したいのが「カプセル化」。ウィキペディアの解説にそれは目的ではなく手段とある。手段というよりむしろ条件と言うべきかな。全ての幸せの源。逆にそこが崩れると何もかも台無しとなる。と思う。

カプセル化とは?
システムはさまざまな部品、部分が階層的に積み上げられて構成される。その階層を分解という手順でたどるのがシステムのデザイン。システム→サブシステム→クラス→メソッド。このように分解されたそれぞれの塊をモジュールとする。モジュールは互いに関連しあって(使い使われして)システムとなる。カプセル化というのはこのモジュール間の関係に適用される基本的原則。

関係に着目して言い換えると、モジュールとモジュールの「結合度を低くく」、モジュールの「凝縮度を高く」となる。つまり、ベタベタした関係はだめよ。さらっとした関係、そっけない関係が良いと。役割分担、責任範囲が明確でそれぞれの性格が際立っているのが良いとな。

文章にすると極めて単純であたり前。のよう。ところがどっこい。なんだよね。なんでやろ。ベタベタした関係になっちまうんだよね~。2人でひと~り♪みたいな。システムをせっかく分割して設計したはずなのに、形ばかりにサブシステムが、いつのまにか、あいまいにべっとりと複雑に絡み合った混沌としたひとつの塊となっていく。カプセル化を貫くのは難しいんだよ。

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2006年8月16日 (水)

送り盆

夜になって風がでてくる。
暑い日はまだまだ続くがお盆を過ぎると稲穂を渡ってくる風があきらかに変わる。子供の頃がよみがえる。やり残した宿題もたしかに気にはなっている。が、それよりも大事なことをやりのこしたままで宿題どころでない。なのに、夏ももうすっかり変わってしまって。毎年、特別な今年の夏がやってきて、この日を境にいつもと代わり映えしなかった普通の夏が終わっていく。

蝋燭に火をつけ終わって手を合わせるとき、ばあさんは子供達へ先祖への感謝を忘れるなと教えている。なにもかもご先祖さまのおかげやよと。彼等はうんうんとうなづいてはいるがどこか面倒くさそう。お盆に先祖を迎えるというのはどうゆう宗教行為なのだろう?墓石には「南無阿弥陀仏」と書いてあるのでなにか仏事ではあるのだろう。でも、浄土真宗に霊魂が帰ってくるなどという教えはないらしい。そんなことはばあさんには関係ない。形だからね。とくに決まった意味などなくていいのだろ。

帰り道、息子に「風が変わったね」と言ってみる。そうかな??とそっけない返事。
あとひと月すると稲刈り。

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2006年8月12日 (土)

格差??

格差社会だとか。闘う場所が見えてきそう^^;

てゆーか、何?>格差
落差の間違いでわ?

美しい国の「美しい」が読めない
たぶん彼の地と此の地は違う国
彼の地の格差の構造の落差はここ当分埋まりそうにない
どうして壊れる?
どうして壊れない?
壊れるのが不思議
なんてうちはかみ合わない
彼の地の美は彼にまかせておいてと

壊れて当然
が当然の帰結だよね?
まずは現状把握を冷静に
できるか?できないか?
それが格差
気付かない
気付けないのを格差と
呼ぶんだぜ~~~

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2006年8月11日 (金)

そうだ!闘おう

年のせいだと思うが、元気がでない。気力が衰えている。無力感に支配されている感じ。これは世間にシンクロしてるのか?女房に「うつかも」と訴える。うつはまず最初に食欲がなくなるそうで...あえなく却下^^;

こうして日記をつけるのもあまりよくない気もする。頭ばかり疲労する。独り言のはずが、いつのまにか他人の目を気にしたりしている。本を読んでも、そこから何か生産しようとしたり。ToDoもしかり。楽しめていない。

頭でっかちになっているので、他人の元気を見ても刺激されない。この人はいったい何と闘うつもりなのだろう?とか。でもこれが普通に人が生きてる世界なのだろう。これが売れるというのはそうゆうことだろう。見えてるものが違いするぎる。孤独を感じる。うつが加速。太陽の花は幻想。それを識るのが生きてく目的。と嘯いたりする。

闘うというのは楽しいことなのだろう。そこに自分が生き生きと生きていける場所が見つかる。そうすればいくばくかの成果も残せる。そうゆう人は幸せだ。そう思えたときは感謝もできる。そうだ僕も闘おう^^v

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2006年8月10日 (木)

壊れる

夏だね~暑いね~壊れるね~~~
ってことで、快調に壊れつづけてる>お客さんのPC

どうして壊れる?
って、私に聞かないで~~
なぜ壊れない?
と逆に聞きたい^^;

先週末に電源が入らなくなったディスプレイをメーカーに送付
4日待って音沙汰ないのでこちらから電話
修理受付記録が見当たらないとサポートの彼
おりかえし連絡を待つ
修理係りに問い合わせたがやっぱり見つからないと...
しゃーない、佐川さんに配送を確認
月曜朝にちゃんと届けていると
その旨連絡→「じゃあもう一度確認してみます」てか
やっと確認できましたとサポートの彼、平謝り
いいんだよそんなこと、で、どれくらいかかる?
すみません。3~4週間くらい
えっ!??
わかってると思うけど、僕のお客さんが1ヶ月使えないってことだよね?と
すみません。今、修理がとっても多くて...
って、多いのかよっ;;;
いや、いいんだけれど^^; みんなにそんな返事してるの?
それじゃあ、みんなにすごく怒られるでしょう?と
すみません。怒られます。と
そうですか...死なないでネ

このやりとりを傍で聞いていた社長の奥さん
「いまそうゆうので壊れる人がすごく多いんだって」
だよね~~

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2006年8月 5日 (土)

スタイルを買う

食空間コーディネータという仕事があるらしい
その彼女が住む高層マンションからの素晴らしい都会の景色
から、和食空間が創造される

さて、この場合も
彼女が仕事を請け負ってから
その作業としてクライアントのお客さん
つまり、その空間で食事する最終空間ユーザー
と、コーディネータの彼女が
その請負作業の中で直接会話することはない
もし貴方がクライアントだとしたら
しかも、そのコーディネイトコストを絞りたいと考えているなら
パトロンの貴方でさえその作業への横槍は拒否される
話すべき話はすべて契約前に済ませておくこと
あとは全て彼女にお任せ

いや、そんなリスクは容認できない
ひとつひとつチェックして
話し合いたい...
なら、お金に糸目はつけられない
彼女に言われるまま報酬を払うべき

リスク込みでスタイルを買う
曖昧にしてお金を注ぎ込む
どちらか
そこはっきりしてるのが
市場システムの良いところ
なはず

が、そこもあいまいにしてしまう
人間のご都合主義頭脳はそれを可能にする
システム開発プロセスはその結果
あいまいなままコストを狭小化するには?
気持ち、わかるけど
ただ、その要求と市場の関係
そこ明確にしておかないとただのわがまま
幸せにはなれんやろ~~

で、この罠を
飛び越えてしまうのがWeb2と

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2006年8月 4日 (金)

いまだあいまいなこと

要求を開発しろ
要求→仕様→コード→テスト
徐々に曖昧さを排除するその作業
そこかしこにユーザーを巻き込めと
Rationalも勧める
なるほど
それならうまくいきそう
・・・

なにかが霞んでる
どこに契約が入り込むのか?
どこに市場があるのか?

おそらくなら
そのビッグプロセスの外側で契約されてる
そこに時間とコストの枠を設けてる
そして見積もれない
逆に考えてみる
その枠が相変わらず大きなままだから
そのプロセスが必要になる

はっきりさせておこう
そのプロセスが必要となるのは
全体があいまいなままだからなのだ
要求開発が必要なのは要求を知らないということ
下部作業にユーザー参加が必要なのは
上位要件を明確にしたという自信がないこと

開発プロセスへのあまたな提言
ここを明確に言及してることは少ない

考えてみよう
映画製作はビッグプロジェクトだ
だがその製作過程に観る人が参加することはない
どんなものが観たい?
こんな感じでよい?
が、製作費用に含まれることはない
観る人が登場できるのは
製作の前と後。だけ

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2006年8月 3日 (木)

あきらかにする

の、「あきらか」がかみ合わない

IT開発成功の岐路は要求の明確化にある
は、ほとんど一致した見解のよう
問題を共有してその解決に一致団結
うまくいきそう

ところがどっこい
プロジェクトが進むにつれ
なにがあきらかだったのか?
どんどん見えなくなっていく

同じ問題を感じ
あきらかに明確な
同じ「目標」をかかげた
はずなのに...

人間、柔軟だからね
都合良く矛盾が解消される
どうどでもいいように解釈が変わる
ほんとうまくできてる>頭脳

そして
人の数だけ
都合良く捻じ曲げられた要求が生まれる
あいもかわらず
何もあきらかにされていない下々
苦労は尽きない^^;

さあ、どうするよ

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2006年8月 2日 (水)

賛成か反対か?

と聞かれりゃ、反対だね

日曜、つけてたTVでたまたま首相の公式参拝についての討論会
つい反応してしまう。なぜやろ?
気になってしまうのは何の執着?>自分

話を聞いているとイライラしてくる
というか、嫌悪感さえ感じる
歴史がどうとか、認識がどうとか
まわりくどくね?

話題のその場所にその人がでかける
というのは、どう考えても
誰かに何を見せたい。見てもらいたい。感じて欲しい
誰に何を見てもらい何を感じて欲しい?
ズバリそこを素直に披露すればいいじゃん
まわりくどくて
こころがぜんぜん見えてこない

日本は日本は
って、わかったよ
貴方の日本思いはよくわかる
でもね、あの場所に祀られてる人達は
維新の犠牲者も、太平洋の犠牲者も
多くの人はきっと僕と同じ故郷を持つ
山があって川があって海がある故郷だ
父がいて母がいて子供達と仲間がいる故郷
で、田を耕していた人達
武士道とかよく知らない

天皇陛下はああゆう人だったから
このあたりの気持ちよくわかっておられたと思う
だよね?それだけで十分
それをあーだこーだ詮索してからに
神道どうとか?しゃらくさくね??
そんな気持ちであそこに参って
あの世の人達とどんな会話をするつもり?

大学の先生も、評論家の先生も
間違ってたその歴史の結果にどっぷりつかってる
その社会に支えられてるマスメディア
に便乗して糧を得る
そうしていて、あいもかわらず
左翼だ、共産党だと批判してればいい
ほら、賛成派が増えてるんだってさ
良かったね>思うつぼ

どうぞ、ご勝手に!だ
どうせ既に、ここは日本のへり
せめて自分の代だけでも
耕し続けることがなんとかできれば
なんとか...
守ってください

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